独立までの話

【第四話】自分のやりたい仕事とは何か?を考え始めた頃の話

初めてお客さんから「ありがとう」という言葉をもらってから半年が過ぎ、社会人2年目の夏を迎えていた。

北海道の夏は本州と違って、湿気がなくジメジメしていない。

気温も30℃行く日はほとんどなくクーラーを点ける必要もないくらい、心地よい日々が続く。

 

しかし、僕の心は北海道の心地よい空気と違いどんよりとし始めていた。

今回は僕が仕事を続けていく中で「自分のやりたい仕事は何か?」と考えはじめた頃までの話を書いていこうと思う。

マンネリな毎日だった時に告げられた部署異動

2年目になったが、僕の仕事は変わらずに新規開拓だった。

新たに新年度分の「新規顧客ターゲット企業リスト」が作成されその中の企業に飛び込み営業を続けた。

この頃には、すでに飛び込み営業に対してツラさを感じることはなくなっていた。

 

理由は様々あると思う。

  • 数をこなしたことで度胸がついたこと
  • ある程度、自分の中で飛び込み営業のコツを掴みはじめていたこと
  • 断られても「まあ、そんなもんか。」と割り切りができていたこと

僕は淡々と「マシーン」のように仕事を続けていた。

 

半年前には「どうやったら契約なんか取れるのか?」を悩んでいたのに、そんなことはとうの昔のように感じていた。

 

幸いなことに、初めて注文を貰ったお客さんとはその後も継続して取引を続けさせてもらっていた。

後から上司に聞いた話だが、意外と1回きりの取引になるお客さんは多いらしい…

 

さらに、他にも新規で取引をしてくれる会社も出てきた。

はたから見れば、順調に仕事をしているように見えていたかもしれない。

 

だが、僕の中には仕事に対する満足感はなかった。

かと言って「もっと他の仕事をやってみたい。」という飢餓感もなかった。

なんとも言えない感情が渦巻いていた頃だった。

 

今、振り返るとあの時は”マンネリ”を感じ始めていたのかもしれない。

毎日が同じ仕事の繰り返しのようで刺激がない。

さらにもともと「人で選んだ会社」だったので、やりたい仕事ではなかったのも大きかったかもしれない。

 

だが、こればかりは「人」で選んだのだから覚悟はしていた。

そしてまだ2年目ということもあり、この先、仕事がおもしろくなっていくかもしれないという期待感も持っていた。

 

そんなことを思いながらも時計の針は進んでいき、2年目の社会人生活も終わりに近づいていた。

ある日、僕は上司に呼び出された。

上司
上司
ゆうきくん。キミは来年から医療営業部に異動してもらおうと思う。

正直、戸惑った。医療営業部のお客さんはもちろん病院だ。

 

僕は子どもの頃から病院という環境、空気が苦手だった。

言い方は悪いが”負の感情”が流れているようで、病院へ行くというだけでもゲンナリしていた。

 

だが今の状況ではただ時間が過ぎていくだけなのも間違いなかった。

ボンヤリとした感情が渦巻いていた僕にとっては、「何かいいきっかけになるかもしれないな。」という気持ちが上回った。

そして部署異動後、僕は激動の日々を過ごすこととなる。

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自分のやりたい仕事は何か?を考え始めた頃

異動して数ヶ月後には仕事に忙殺される日々になっていた。

法人営業部にいる時は「仕事を作る」のがほとんどだったが、医療営業部では「仕事を依頼される」ことが多かった。

担当している病院から仕事がひっきりなしに舞い込むのだ。

 

喜ばしいことかもしれないが、終業後や土日でもお構いなしに連絡が来たりもした

そして会社の雰囲気はそれが”当たり前”といった感じだった。

 

さらに厄介なことに会社から社用携帯を支給されてたことにより、連絡は僕の目や耳にすぐに飛び込んでくる状況だった。

気がついたらいつも隣に仕事がある状況に陥っていた。

 

この状況を「あれ?」と強く感じ始めたのは、夏の休暇で久々に実家に戻っている時だった。

僕の電話がおもむろに鳴った。

担当者
担当者
この案件、見積もりが急遽欲しいから今日にでもくれないか?

 

自分が休暇中であることと、お盆の時期だったので自分の会社や仕入れ先の企業も休みなので休暇明けまで待ってほしいと素直に伝えた。

担当者
担当者
そんなもん知るか!こっちは急いでいるんだ。とにかく送ってくれ!

 

こちらの意見は聞かずに半ば強引だった。

すぐに関係各所(ほとんどの人は休暇中だったので平謝りしながら)に連絡を取ってなんとか対応した。

申し訳なさでいっぱいだった。

 

だが、本当に苦しかったのはその後だ。

なんとか対応したが相手の態度は「ほら。休みでもできるじゃん。」というものだった。

その態度が疲労感と虚しさを増大させた。

 

自分が駒のように扱われ、モノとして見られている感じがした。

 

断っておくが、すべての病院がそんな所ばかりではない。

ごく一部と考えてもらっていいが、法人営業部にいた時と比べると割合的にはずっと多かった。

 

これが自分の好きな仕事、やりたい仕事であれば多少なりとも前向きに取り組めていたのかもしれない。

だが、人で選んだ自分はそうではなかった。

『社会はそんなもの…』と割り切ろうともしたが、モヤモヤは残ったままだった。

 

『自分のやりたい仕事って…何だ?』

就活の時に考えていたことを改めて考えるようになっていった。

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札幌で活動するブロガー|新卒でIT企業に営業として入社▶札幌転勤▶仕事が原因で抑うつ状態になり退職▶独立| ブログ「なまら気まま」を運営|働き方で人生は180度変わると体験|人生に疲弊せず気ままに生きていく